華やかなりし世界
メニューに対峙したアタシはその煌びやかさに圧倒される。全方位で虜にさせるビジュアルの良さ。そして
2100円・・!?
インフレ??
そう、カキ氷は親しみやすくてチャーミングなのに、身につけているのはこだわりのハイブランド。全国チェーンのコスパ重視のランチに誘うのを躊躇わさせるそんな男子だったことを改めて思い出す。それでもお布施のように、課金するかのように盲目的に入れ込んでいたのだ、かつてのアタシは。なぜならそれほどまでに魅力的な存在だったから。
いくら奢りとは言え、・・・気が引ける。
いずれにせよ価格帯は2000円前後。ここにきて今更遠慮するのも色気がない。ならばこのまま一番惹かれたものを所望しよう。先述したように質実剛健な宇治金時も、清廉潔白めいたみぞれはやはりないので、
花鳥風月に名を連ねてもおかしくない桃
を選択する。
店内は、男性スタッフ一人を除き全て女性で埋まっていた。明るい青色の髪をした女性スタッフがかき氷を形成していくのを眺めながらアタシたちは待つ。削られた真っ白な氷が彼女の手によってドーム状に変わっていく。ここのカキ氷は余念がないのだ。自らを磨き上げることをちゃんと楽しんでる。男だったら髪型もセットして、日焼け止めも塗るし、眉毛の手入れも怠らないだろう。見られることと見せることをちゃんとわかってる人には、どうしたって目がいってしまう。
(そうそう、そうなんだよね)
アタシは記憶を手繰り寄せるように、かつて夢中になったカキ氷たちを思い出す。そして程なくしてそれはやってきた。ドーム状というよりむしろ球体。クリーム色のソースを身に纏い、ほんのり赤く色づく桃を被ったカキ氷が。
その完全体の美しさに惹かれつつも、スプーンを突き刺し口に運ぶ。美味しいと思ったのも束の間、
(・・・体冷やして大丈夫かしら)
という懸念が今更ながらに湧き上がる。ちょっと待って。以前は「美味しい、楽しい、美しい」が健康には必要として信じて疑わず、好きという気持ちだけで突っ走ることをよしとしていたアタシじゃなかった!?
果肉も頬張る2口目。美味しさはさることながら、
(・・・夕ご飯食べられるかな)
と、また別の懸念が。いやいや、前はもっと集中してたはず。夢中で後先考えず、貪欲に求めてたはず。目の前だけを見てたんじゃなかった!?!?
湧き上がり続ける雑念を、溶けていく氷と一緒に飲み込んでいく。
そして、カンパイ
食べ終えたアタシ達は言葉少なめに店を出て、いくつかお店を覗いた後に居酒屋に入った。
ふわふわした白い氷のような泡で蓋をした金色のビールがジョッキで出された時、アタシの胸は確実に踊った。この高揚感をかつて同じようにカキ氷にも抱いたのだ。美しいと称賛するだけじゃなく、口に入れたい、手にしたいと欲した。ビールは確かに美味しいけど、この日はいささか喉の通りは悪い。だって、いるから。カキ氷が心に、
胃袋に。
アタシは耐えきれずサザ子に告げる。
「サザ子、まだ彼がアタシの中にいるんだよね。でもそれって求めてるものじゃない。今を楽しみたいし、一緒にいると余計なことばかり考えて、楽しむことを忘れちゃう。会っても前みたいにただワクワクすること、もうないんだ。だから終わりにしようかなって思う。(意訳:かき氷が腹に溜まって、ビール美味しく飲めないから今日は1杯だけでごめん。美味しいけど、前ほど食べたい欲も無くなっちゃったし、後先考えるようになったからもうかき氷はシロクマかサクレで充分かな)」と。
すると
「いや、実は私もなんだよねぇ。もうキツくて前みたいに食べれないなって」と返答が。
え。あのサザ子が!?1人でも店を巡り、国内外とわずカキ氷を欲した女。それがアタシの中のサザ子だった。
「アタシ達、卒業しよっか」
氷は溶けて水になるし、人はひと所にはいられない。その時々で自分が欲したものを求めていけばいい。それでも、カキ氷がアタシ達の心を揺さぶったのは紛れもない事実として残る。きっと、確実に、この先もまた誰かの心をときめかせるだろう。
アタシは変わった。
これまで惹かれなかったものに心を奪われることもあれば、許容してたものが受け入れがたくなることもある。ただいつだって今の自分自身にはちゃんと正直でありたい。もうアタシ自らがカキ氷を求めることはないけど、その魅力は充分すぎるほどに理解ってる。
うん、それでいい。
そうして、これまで食べた、また今なお進化を続けるカキ氷に敬意をはらって、2人でジョッキを鳴らした。
終
トトメス