
手に届きそうなもう一つの人生を思ふ
紙を42回折ると、月に届く。
恋愛ドラマの中で耳にしてきたこの言葉を、疑いも、ロマンも抱かず何度も受け入れてきた。
だって私は物分かりがいいウォンナ。
指数関数の世界では、38万kmなんてあっという間に到達してしまうのだろう。
「月に行きたい人生だった・・・」と嘆いたことはなく、
「休日の朝ごはんには、お皿に盛った美味しいパンが食べたい人生だったなー」と乾燥した野菜を葬った味噌汁を啜りながら思うし、
「リップクリームを頻繁に無くしたくない人生だったなー」とカサついた唇を自らで湿らせながら思う。
そんなちょっと腰を上げれば、手を伸ばせば届く、もう一つの自分の生活の一瞬に思いを馳せる日々。
ところがどっこい
そんな中、第7回JAPAN PODCAST AWARDS の一次選考通過の結果が届いた。例に漏れず味噌汁を啜っていた休日に。
歓喜と興奮と感謝と安堵。眩い感情が光の速さで駆け抜けたあと、
「これからどうなっていくんだろう」
と思った。
期待や不安とは違う漠然とした気持ち。
まるで他人事みたいに。
遠い月を眺めているみたいに。
受賞発表式までほんの少し。
せめて
「可愛くなるか」
と決意し、時に迷い、時に惑わされ、ひたすら可愛いを目指して3月を過ごした。
果てしなき道
当日の朝も私は味噌汁を啜っていた。皮付きの大根(水分の抜けた)となめこの入った味噌汁を。バターの香り漂うサクサクの、三日月形のクロワッサンを思いながら。
早く夜にならないかを願いつつも、気持ちは至って冷静で、この日に向けてちゃんと可愛いくなれる努力を続けてこれたのか、そんな自問自答をしたりしていた。
決意した自分自身に忠実でいたかったし、
何より
可愛くなることに惰性的になることは受賞を諦めているような気がしてしまう。
もはやそれは責務だった。
投票していただいた皆様に、ゲイ茶のメンバーに、不誠実な気すらして。
なんてことを課してしまったんだろう、と思いながら。
全くもって、可愛いは、果てしなく遠い道だ。
それでも可愛くならなければいけない。
少なくとも今夜は。とびきりに。
そして企画賞
受賞発表早々に私たちの名前はあがり、敬愛する強豪校の先輩とも言うべき桃山商事の皆様の祝福とハイタッチで舞台へと送り出された。
ゲイ茶メンバーはみなどこか浮ついて、地に足がついてないみたいだ。
それもそうだろう。
心は弾みながらも私は、舞台のうえで緊張してない自分自身にただただ驚いていた。
いつもなら手が震えるのに。
表情が強張るのに。
大寄せ茶会も、とびだせ茶会のイベントも経験したからかもしれない。
積み重ねたんだ。そう納得した。
その言葉はそのまま「ゲイで茶を沸かす」の歴史を振り返るのにもあてがわれ、
紙を42回折って月面にたどり着いたような気持ちになった。
絶え間なく続けてきた番組の結果、ここに来れたのだと。
それでも受け取ったトロフィーは、冷たく、ずっしりと重く、確かな重力を感じるのだった
春の夜
「これからどうなっていくんだろう」
湯気が立ち昇りそうな会場の熱気を抜け、外に出た瞬間やはり思わずにはいられなかった。
相変わらず不安でも期待でもなく漠然と。
春に浮かぶは朧月。
霞のかかるその輪郭は、曖昧模糊とした未来のようにぼやけつつ、ただただ明るい。
紙を折る。番組を続ける。それは骨の折れる作業だ。
日程調整や、トークのネタ決め、編集作業に、モチベーション。
上げれば枚挙にいとまがなく、
数多あるポッドキャストの番組には、それぞれのもがきがある。
でもそんな水面下のもがきなどモノともせず、
馬鹿馬鹿しい程に、愉快な番組を続けていけたらいいと思う。
誰かの憂鬱な何かがちっぽけに思えたらいい。
なんだ、たった42回おるだけで月につけるんじゃん。
みたいな。
軽薄な軽快さで。
いまはただ、その輪郭だけははっきりしている。
私たちが目指す先は月じゃない。
誰かの耳に届けばいい。
紙を折ろう。
また月曜の夜に。
トトメス



